えーじぇんと・ぷりうす
おがっちさんは、千葉県出身ということですが、今回なぜ、鹿屋市の地域おこし協力隊に応募されたんですか。
おがっち
僕自身のやりたいこと・ありたい姿に合っていると思ったからと、あとは「ご縁」です。

幼少期は千葉県の柏市というところの、中学時代からは都内の学校に通って育ってきたのですが、なんとなく「このまま東京や関東にいるのは違うかも。」と昨年あたりから思うようになりました。都市部ではどうしても“消費していく毎日”を過ごすことになる気がしまして。通勤・通学や生活をしていくためにお金をかけて“消費”され、そのお金を稼ぐために自分自身を“消費”することになる。

そのような毎日を過ごすのに違和感を覚え、僕はこれからどこで暮らしていきたいのだろうと考えるようになり、昨年、縁のあるところから月一回の小旅行を重ねて全国の様々なところを回りました。

そのなかで昨年9月、僕の生まれ故郷であり祖父・祖母の家もある鹿児島に8年ぶりに訪れ、鹿児島市内の方に主にソーシャルビジネスをしている方を紹介してもらったりしているなかで、鹿児島という土地にとてもエネルギーを感じまして、「あ、ここかもな。」とピンときまして、ゆくゆくは鹿児島に住みたいなと思うようになりました。

当時はまだ在学していた都内の法政大学という学校に通い、経済学を専攻していました。たいていの学生は学業に専念し、“学んで生きる”学生の方が多いと思うのですが、僕は他の大学の学生NPOの活動を3年間したり、東北の復興支援活動を1年間フルタイムワークでしたりと、その時その時に興味のある活動や仕事に飛び込み、そこで様々な経験をさせてもらって学んできた“生きながら学ぶ”学生でした。

そのため、高校時代は実態がわからず興味本位で入学した経済学部での学問も、だんだんと自分自身の興味に合っていないなと思うようになり、また、「学生」という立場を捨てて、5年間学校に通いながら経験したものを活かせる仕事に専念したいと思うようになっていました。

ちょうどその頃、9月にお会いした方の一人で、鹿児島市内のまちづくり事業をされている方に「学校をやめて、うちに来ないか。」とお誘いをいただき、そのときにもうひとつの選択肢として示していただいたのが鹿屋市の地域おこし協力隊になることでした。

どちらも「ゆくゆくは鹿児島に住みたい」と思っていた僕にとっては嬉しいお誘いでしたが、どっちがいいかじっくり考え、「地域の人とフラットに関わりあいながら物事を進めていきたい」という自分自身の仕事観に合っているのは後者だなと思い、鹿屋市の地域おこし協力隊に応募しました。

地域おこし協力隊は選考があり、また、僕は候補者のなかでも最年少であったため、正直なところ不安はあったのですが、まずは選考でやれるだけやってみて頑張ろうと思い、応募した次第です。

えーじぇんと・ぷりうす
鹿児島県の中でも、地域おこし協力隊を募集している所は、他にもあったと思うのですが、なぜ、鹿屋市を選ばれたのですか。
おがっち
県内の他の地域は第2期や第3期生の募集が多いのに対して、鹿屋市は初めての地域おこし協力隊の募集でした。

既に先輩方がひいたレールに乗って活動をするよりも、大変かもしれないけど 僕は自分でレールを引いていくほうが、きっと楽しいだろうなと思ったんです。もともとこだわりが強く、いろんなことに違和感を感じやすい性格なので、誰かをロールモデルに頑張るよりも、自分自身がロールモデルになって頑張るほうが性に合っているなと前々から思っていました。

僕自身の性格とやりたいことを考えると、鹿屋市で頑張らせていただくことが合っているなと思い、応募させていただきました。

えーじぇんと・ぷりうす
おぉーー、熱い想いがヒシヒシと伝わってきますね~。
おがっち
(⌒・⌒)ゞ
えーじぇんと・ぷりうす
おがっちさんは、情報発信をしていきたいということですけど、これまで、何か、やってこられたことが有るんですか。
おがっち
はい。東日本大震災の復興支援をしていた時に、防災情報を他人事ではなく、身近な生活にかかわるものとして情報発信をしていく必要性を感じ、「街をつなぐ防災情報マガジンStandby」というウェブマガジンと、それを運営するNPOを港区議会議員の方と一緒に立ち上げました。

そこではNPOの事業計画の作成から、ウェブマガジンの記事の執筆や他の学生ライターが書いた記事の編集、また、Facebookなどのソーシャルメディアの運営まで、多岐にわたって活動していました。

えーじぇんと・ぷりうす
えぇーーーっ。その若さで、そんなことまでやってたんですねぇ~、、。
(=゚ω゚=;)

あっ、それで、カメラマンが持つような、本格的な一眼レフのカメラを持ってるんですねぇ。

おがっち
はい、カメラは情報発信において欠かせない道具の一つだと思っています。どんなによい取り組みをしていたり、どんなにすばらしい地域であったりしても、その魅せ方を少しまちがえると良さが半減してしまいますよね。地域の情報発信においては、地域の人や暮らしの面白いところを、ありのままの姿で綺麗な写真で発信することが大切になってくると思っています。
えーじぇんと・ぷりうす
地域おこし協力隊として、これからどんなことをやっていきたいですか。
おがっち
まずは、地域の人にいろんなことを教えていただいて地域を知り、
他の地域にはあまりないような“鹿屋らしい”暮らしや人をどんどん発信していきたいですね。
えーじぇんと・ぷりうす
最後に、なにか一言ありますか?
おがっち
高隈に住み始めて、さっそく思ったことがあります。それは、高隈の人はものづくりをできる人が多いということです。たとえば畑作りだったり竹細工だったり、水墨画だったり家だったり。様々なものを作れる人が多いんですよね。そこが、都市に暮らす人との大きな違いだなと思っています。

また今度、高隈では山菜定食を食べることのできるツアーの受け入れをするのですが、山菜だったりたけのこだったりと、旬の素材を活かした食事をするという食文化も、都市ではあまりないことで、そのような食文化に興味を抱いている人は多いと思っています。

そういった高隈に暮らす人や “食文化”の魅力を、美しい言葉や写真をつかって、どんどん情報発信していきたいと思っています。

まだ、鹿屋に住み始めて間もない状態で、まだまだ知らないことはたくさんあるんじゃないかなと思っていますので、いろんなことを教えていただけると嬉しいです。みなさん、よろしくお願いいたします。

えーじぇんと・ぷりうす
ありがとうございました。

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